2024年11月21日
■テクニカルリハーサル
実施日時:2024年2月8日(木)14時〜20時半
会場:東十条ふれあい館4F第2ホール
目次
Art for Well-beingの取り組みの1つとして、2023年度にスタートした「とけていくテクノロジーの縁結び~ALSの体奏家、ジャワ舞踊家、踊る手しごと屋、インタラクション研究者のコレクティブ~」。
チームメンバーは、進行性の難病ALSを発症した体奏家・新井英夫さん、たんぽぽの家のダンスプログラムもけん引されている、ジャワ舞踊家・佐久間新さん、踊る手しごと屋であり、新井さんのパートナーでもある板坂記代子さん、メディアアーティスト×インタラクション研究者・筧康明さんです。
*プロジェクトメンバーのプロフィールはこちら
https://art-well-being.site/report/979/#参加者プロフィール
今回レポートするのは、公開実験の1週間前に行われた、テクニカルリハーサルの様子です。
*プロジェクトの経緯
・2023年6月 分身ロボットOriHimeを介してのダンスの試み。
https://art-well-being.site/report/880/
・2023年11月 第1回ワークショップ。初めてリアルで一緒に踊る試み。
https://art-well-being.site/report/979/
・2024年2月 テクニカルリハーサル。公開実験に向けて、実験1週間前に同じ会場で実施。佐久間さんはzoomで参加。←今回レポートしています!
・2024年2月 公開実験。
https://art-well-being.site/report/1677/
*ドキュメンタリー映像
公開実験フルバージョンを含むこれまでのプロジェクトの経緯をまとめたドキュメンタリー映像ができました(映像ディレクション・撮影・編集:丸尾隆一)。
予告編
■実施日時:2024年2月8日(木)14時〜20時半
■会場:東十条ふれあい館4F第2ホール
初顔合わせにあたる第1回ワークショップ(11/23)を経験したあと、「空気と気配」に着目して、いくつかのアイデアと実験を行って来たという筧さん。
それがどの程度実施可能かを含めて、公開実験の進め方についてオンライン会議やメールを通じて、議論を重ねて、デバイス/テクノロジーをいれるなら、どんなものがいいか、デバイス/テクノロジーをかまさずに敢えてパフォーマンスだけを見せる場をどこにするか等々、公開実験のおおよそのかたちが見えてきました。
この日(2/8)のテクニカルリハーサルは、公開実験(2/15)が行われる同じ会場で、開発したデバイスを事前に実際に試してみてから本番を迎えたいという筧さんの強い発意で実現しました。
筧さんは14時過ぎに現場入りして、設営を開始。17時半からパフォーマーの新井さんと板坂さんが現場確認に来られました。佐久間さんもZoomによる遠隔参加。
リハーサル会場には、事務局のほかに全体監修の小林茂さんや今回映像記録をお願いしている映像作家の丸尾隆一さんもお越しになりました。
この日は、佐久間さんも現場に来られないし、新井さんと板坂さんもその日の体調次第で来られるようであれば来るという条件だったので、パフォーマンスをするというよりも、筧さんのデバイスをひとつひとつ確認していくテクニカルリハーサルのつもりで当初実施しました。
しかし実際にふたを開けてみると、新井さんと板坂さんもお見えになり、Zoom越しに展開する佐久間さんを交えた確認作業自体がたいへん興味深く、全体監修の小林茂さんが機転を利かせて、手持ちの装置でその様子を映像で記録してくれました。
懸案だったプロジェクトタイトルをどう名付けるか問題も、この日の打合せで、<とけていくテクノロジーの縁結び>という名前に決まるなど、記念すべき日になりました。
プロジェクト名にある<とけていく>というフレーズからもわかるように、新井さん、佐久間さん、板坂さん、筧さんのコレクティブでは、後景として存在するようなテクノロジーの用い方が多かったように思います。
当初、たんぽぽの家から筧さんにお願いしたのは、新井さんと佐久間さんとのあいだで起こっている繊細なやりとりを繊細なままに可視化してくれるようなテクノロジーの在り方を探ってほしいということでした。それに対する筧さんからの応答は、テクノロジーはふたりのパフォーマンスの「可視化の道具」ではなく、最終的にはとけてなくなっていくものだということでした。
筧さんの狙いで言うと、最初はテクノロジーが前景化していたとしても、そのうちじょじょに後景化し、なくなってしまってもいい、テクノロジーがとけてしまったあとに、4名の関係が活性化していれば、というものでした。つまりそれは、テクノロジー自体も、繊細に目をむけないと、耳を澄まさないと捉えることができない、ということを意味していました。
このように、パフォーマンス自体も繊細なやりとりが行われているうえに、さらにテクノロジーも、環境情報としてあまねく存在するがゆえに、陽には捉えがたい、ある意味とても控えめなデバイスにかたちをかえてパフォーマンスと関わっている実験的な試みについて、以下に記したいと思います。
2/8のリハーサルで試したことは、11/23の初顔合わせワークショップや、その後1/17に行われたオンラインでの打合せ内容とのつながりのなかで見えてくることなので、その流れもわかるように、試したことを整理しました。
筧さんは本プロジェクトにおいて、パフォーマンスそのものの可視化ではなく、パフォーマンスの周りにある空気や気配を可視化することに注力しました。空間のなかに環境センサーを埋め込み、ワークショップ全体でどんな変化が起こったかを可視化することを試みました。
二酸化炭素濃度をセンサーで計測して表示することはその試みのひとつ。具体的には、舞台上手奥に液晶モニターを設置し、二酸化炭素の濃度の時間的推移をモニタリングするというものです。
観客が息を詰めて集中して舞台を見ているときは、二酸化炭素濃度の変化はあまりないかもしれませんが、緊張がとけて笑ったり、ゆったりした気持ちになって舞台を見つめているときは知らぬ間にじょじょに部屋のなかの二酸化炭素濃度は上がってくるはずで、モニターに表示されたグラフの傾きで、その全体の空気の違いを可視化しようという狙いでした。
公開実験本番では、観客にあらかじめ舞台上に無造作におかれたモニターが二酸化炭素濃度を測っている装置であることを伝えてはいませんでしたが、公演後半の仮面をつけて踊るというパフォーミングの途中で、仮面を外した佐久間さんがモニターのほうを指し、アドリブで、二酸化炭素濃度が上がって、酸欠で大変だという内容のセリフを発したことで、モニターの存在が初めて観客のなかで意識されたように思いました。
本番パフォーマンス最後に部屋の照明を落とし、灯り(影絵で用いた光源デバイス)を持った板坂さんが窓を開けて屋上庭園に出ていくシーンがあります。そのときに、少し時間遅れを伴って、それまでにじょじょに上がっていた二酸化炭素濃度のカーブが、急激に下がっていったことがはっきりと見えました。部屋のなかの空気の質がはっきりと変わったことが、暗闇のなかに光る液晶モニターの粒の並びでも表現されました。
11月の初顔合わせワークショップは、新井さん、佐久間さん、板坂さんのあ・うんの呼吸で、紙風船を用いた即興的な遊びからおもむろに始まりました。ゆったりとしつつもノンストップな真剣な遊びで、いつの間にか始まり、気づけば30分も経っていました。紙風船や羽毛といった媒体があることで、パフォーマーとパフォーマーのあいだにある空気の流れが可視化されました。
年明け1月17日に行われた、2月の公開実験に向けてのオンライン会議の場で筧さんから、二酸化炭素濃度を測る以外に、もう少し積極的に、エア・サーキュレーターで空気を動かしてみることが提案され、テクニカルリハーサルの現場で実際に試すことにしました。
エア・サーキュレーターを動かして、そっと紙風船を浮かしてみる。
周りで何か動きがあると、空気は乱れて、紙風船は落ちてしまう。
浮いている紙風船をみて新井さんは「上昇でも下降でもなく止まっているという状態はすごい」と言いました。元気な人からすると、「止まっている」は「動いていない」ことかもしれませんが、筋力をつかって立つのが難しくなったからだを持つ身としては、安定と不安定のあいだで絶妙なバランスで浮かんでいる紙風船は、止まっているという動作をものすごく頑張ってやっているように見え、共感を覚えると言います。
「この風船に関わってもらうシーンがあってもいいし、関わらなくてもいいし、この部屋に流れている気流であるとか、そういうのを感じながら風船も一緒に存在しているような」空間を本番では作っていこうということになりました。
この日のリハーサルでは、会場に備え付けの扇風機を使って、さらに空気の流れを変えてみたり、ハンガーを入れて音を出したり、羽毛を飛ばしたり、ふわふわさせてみたり、より積極的に空気を動かす方向性も試してみましたが、最終的には、紙風船とともに場にある、というモノの存在感をたてるプランに落ち着きました。
11月の初顔合わせのワークショップでは、新井さん、佐久間さん、板坂さんの呼吸をあわせ、新井さんが車いすから立って、歩いて、座って、寝転ぶという一連の動作を試しました。佐久間さんを座椅子のようにして寝転がっていた新井さんが、下半身に比べて、上腕はとてもよく動くと言って、おもむろに両腕をひらひらとねじり動かしました。後から佐久間さんに聞くと、あまりに美しいその動きに嫉妬したそうです。それくらい優美な腕のダンスのような動きを見せてくれました。
せっかくならそれをもっと見せようと、寝転がっている新井さんの胸の上に光源を置いて、天井に影を映し、腕のうごきと影絵の動きを見せることに。佐久間さんも新井さんの腕の影絵を見ながら、自分も手を動かし、影絵のなかに入っていきます。
11月の現場は、このように次から次へと自然な流れでいろいろなことが試されました。
その後、筧さんの声掛けにより、先にも述べたように、2月の公開実験に向けてのオンライン会議(1/17)が開かれたのですが、筧さんからの発案は、次のようなものでした。
●11月は新井さんの胸のうえだけに光源を置いたが、2月は新井さんだけでなく、佐久間さんの胸のうえにも光源を置いて、スイッチングしていくことにしたい
●光源はからだに装着するか、置いているほうがいいかなど、考えたい
話し合いを重ね、1/17の打ち合わせで、パフォーマンス中に光源を装着脱するのは難しいので、胸のうえに置くことになりました。
また新井さんの発案で、ドイツの電子音楽グループ、クラフトワーク(Kraftwerk)のロボットを使ったパフォーマンスのように、動かない新井さんの手を照明の力で動くように見せても面白いかもしれない、という提案がなされ、そのスイッチングは、ダンサー側よりも、筧さんがDJ, VJのようにコントロールするほうがいいだろう、ということに。
参考)https://www.youtube.com/watch?v=jtq4V7bqpt4
参考)https://www.youtube.com/watch?v=okhQtoQFG5s
このような感じで、11/23のワークショップでは、筧さんも3人のダンサー側の輪のなかに入ってからだを動かしましたが、公開実験の場でも、デバイスを渡して終わりではなく、筧さんの「積極的」な関与が求められることになりました。
2/8のテクニカルリハーサルの場では、筧さんが、3つの光源がスイッチングできるデバイスの試作品を持ってきてくれました。この日は、光源がひとつしか点いていない状態でしたが、クラフトワーク(Kraftwerk)のパフォーマンスのように光源がぱぱぱっと遠隔で動かせるようになっている仕様です。
2/8は、新井さんが影絵用の光源デバイスを最初に試して、影のエッジが効いていることを確認し、そのあとは、板坂さんと事務局(後安)が床に寝転んで、新井さんの指示のもと手を動かしてみて、本番のイメージをふくらませました。
結局本番では、ぱぱぱっというスイッチングではなく、新井さん佐久間さんのパフォーマンスをみながら光源を点けたり消したりを筧さんが遠隔でコントロールし、影絵のシーンをつくっていきました。
この影絵のモチーフは、その後、4月18日から7月7日にかけて東京都現代美術館で行われた展覧会「翻訳できない わたしの言葉」 のなかの新井英夫さんの展示ブースでも、アレンジして再現されました。今、ここにいない新井さんが残した影絵のうえに観客は自身の影を重ね、時空を超えて新井さんと一緒に踊ることを可能にしました。
公開実験に向けて行われた1/17の打ち合わせの際に、体勢の傾きを感知して動くレインスティックのアイデアの素が生まれ、2/8のリハーサルのときに試験機でいろいろ遊んでみました。
実は、当初筧さんから出された計画では、その場の気配を可視化するために、床に圧力センサを置いて、パフォーマーの重心の向きを探り、周囲に置いた照明がそれに併せて点灯するようにする、というものでした。もうひとつのアイデアとして、圧力センサが感知した重心の向きに併せて、サーキュレーターからも風が出るようにし、視覚だけでなく触覚を通じて、観客だけでなくパフォーマーも周囲からの情報の変化を同時にキャッチしやすくなる仕組みが提案されました。
その筧さんの提案に対して、新井さんから、
「オーシャンドラムという、中につぶつぶが入っている楽器がある。それをとぎれないように音を出すのにはこつがいる。音は強弱と方向があるので、光よりも音楽的な変化がからだのなかで起こっていることに近い気がする」
という意見が出て、みなで議論を重ねていくなかで、最終的には、光や風ではなく音を試してみようという話に落ち着きました。
1/17の打合せのときには、以前筧さんがYCAMとの共同プロジェクトの監修にかかわった、Dividual Plays という作品の動画を視聴しながら、筧さんはこれから開発するデバイスのヒントを得ようと、次々と質問を投げかけました。
https://highlike.org/video/ycam-interlab-yoko-ando/
筧さん:新井さんの傾き、佐久間さんの傾き。傾きに二人の関係をマッピングしようとしたら、決め手となるのは何なんだろう?
➡佐久間さん:重力方向のゼロのポイントがわかればいいのでは?
➡新井さん:生卵を立てるとき、手のなかの重さがゼロになる瞬間がある。そういうのだ。
筧さん:ふたりの傾きがシンクロしているのも面白いし、ふたりの差をとってひとつのシステムにするというのも面白いと思う。どちらがいい?
➡新井さん・佐久間さん:これはやってみないとわからない
1月の事前打合せはこのように課題の大枠だけ与えられ、あとは筧さんが引き取って、考えてくださることになりました。
このような経緯のもと、2/8のテクニカルリハーサルでお見えしたのが、レインスティックを利用した装置でした。
からだに加速度センサーをつけて、からだの傾きを検知し、それと同じ方向にレインスティックが動くようにしたシステムです。
筧さんがこの日用意したデバイスのなかでは、このレインスティックが、ヒトの動きに最も即時的に呼応して「アクティブ」に動くものにあたりました。現場は、あたらしい「おもちゃ」を手にした子どもの輪のような賑わいを見せ、いろいろなことを試しました。
●加速度センサをからだのどこに装着するのがいいか、頭? 胸? 腹?
●誰につけた加速度センサで、どのレインスティックを動かすのがいいか?
●レインスティックの長さが、大小2本ずつあるが、人とレインスティックをどう組み合わせるのがいいか(ひとりの人が大と小のレインスティックを動かすか、ある人は大、別の人は小を動かしたほうがいいか)
●新井さんと一緒に歩くことを想定して、板坂さんが加速度センサをつけて歩いて、レインスティックを動かしてみる
●目を閉じてレインスティックの音だけを聴きながら、加速度センサをつけた板坂さんがレインスティックと呼応するかのように動いてみる
●加速度センサをつけた板坂さんが、レインスティックから音が鳴らないように、激しく動く(レインスティックの動作原理を学習した人は、どんなに激しく動いても、レインスティックが動かないポイントを見つけているはずだ、という前提で)
●レインスティックをスタンドから外して、ダンサーのからだに直に装着してみる、等々
このレインスティックの装置には後日談があります。
2/15の公開実験本番直前に、レインスティックが加速度センサのデータを受信しなくなるというトラブルが生じ、遠隔でレインスティックを動かせなくなってしまいました。ダンサー3人は、不測の事態に動ずることなく、本番中に機転をきかせて、生のレインスティックを背中に装着して、からだを動かすことで音を鳴らすという即興セッションが生まれました。
2/8リハーサルの翌日には、全体監修の小林茂さんが手持ちの装置で撮影した記録映像を詳細な見出し付きで共有してくださいました。
それを見た佐久間さん(ひとり遠隔からZoomで参加していて、現地にいなかった)から、次のようなメッセージが届きました。
昨日は打ち合わせ、お疲れさまでした。
佐久間さんから後日届いたメッセージ
とてもいい打ち合わせになりました。
やはり新井さんとはかなり似たような感覚や考えをしていることをいろいろ発見しました。
不思議ですが当然という気もします。
また、茂さんがアップしてくれたこの映像を見るととても不思議な気がします。
いろいろと入れ替わっている。
昨日は小さな箱からみなさんの映像と声を聞いていたので、今度は自分が、しかも声だけがリアルな場に、スパイ大作戦かチャーリーズエンジェルのように響いている。でもそのリアルな場も、我が家のつくえの上のモニターの中である。何重もの入れ子構造になっている。
Orihime(筆者注:レポートはこちら)の時もそうでしたが、役割や視点がどんどんと入れ替わること がなにか大切な気がします。
このメッセージを読んで、「とけていくテクノロジーの縁結び」とつけたプロジェクトは、様々な位相のテクノロジーによって下支えされていると改めて思いました。
数年前まで存在すら知らなかったZoom。気付けば、Zoomを当たり前のように日常的に使用するようになっています。コロナ禍前はどこか絵空事だった遠隔会議支援システムがここまで身近なものになるとは、想像だにしていませんでした。
本プロジェクトは2年目に突入しました。テクノロジーはどんなふうにとけていくのか、わたしたちが前景化したいケアとテクノロジーと表現の関係性とはなにか、これからもしっかりと見つめていきたいと思います。
文・構成:後安美紀
文化庁委託事業「障害者等による文化芸術活動推進事業」