2024年08月03日
■公開実験
実施日時:2024年2月15日(木)18時〜20時
会場:東十条ふれあい館4F第2ホール
たんぽぽの家では、2020年より「Art for Well-being 」という、表現とケアとテクノロジーのこれからを考えるプロジェクトに取り組んでいます。
プロジェクトの目的は、<病気や事故、加齢、障害の重度化など心身の状態がどのように変化しても、さまざまな道具や技法とともに、自由に創作をはじめることや、表現を継続できる方法を見つけていくこと>。
現在、表現活動、ケア、テクノロジーに普段から取り組んでいる人々によるチームを複数立ち上げ、それぞれのテーマのもと、実験的な取り組みを展開しています。
★Art for Well-beingについて詳しくはこちらへ
[2023年度]展示内容と関連資料:展覧会 Art for Well-being 表現とケアとテクノロジーのこれから|Art for Well-being (art-well-being.site)
今回の公開実験は、そんなArt for Well-beingの取り組みの1つとして、2023年度スタートした<とけていくテクノロジーの縁結び~ALSの体奏家、ジャワ舞踊家、踊る手しごと屋、インタラクション研究者のコレクティブ~>の一環として行われました。
チームメンバーは、ALSの体奏家・新井英夫さん、ジャワ舞踊家・佐久間新さん、踊る手しごと屋であり、新井さんのパートナーでもある板坂記代子さん、インタラクション研究者・筧康明さんです。
*プロジェクトメンバーのプロフィールはこちら
実は、15年ほど前に出会いながらも、しっかりと一緒に踊ったことはなかったという新井さんと佐久間さん。昨年からワークショップやテクニカルリハーサルを経て、この公開実験の日を迎えました。
*プロジェクトの経緯
・2023年6月 分身ロボットOriHimeを介してのダンスの試み。https://art-well-being.site/report/880/
・2023年11月23日 第1回ワークショップ。初めてリアルで一緒に踊る試み。https://art-well-being.site/report/979/
・2024年2月8日 テクニカルリハーサル。公開実験に向けて、実験1週間前に同じ会場で実施。佐久間さんはzoomで参加。
・2024年2月15日 公開実験。←今回レポートします!
*ドキュメンタリー映像
公開実験フルバージョンを含むこれまでのプロジェクトの経緯をまとめたドキュメンタリー映像ができました。予告編はこちら
この「公開実験」というのは、新井さんから出てきた言葉。ワークショップの成果発表や、公演ではない。まだ実験途中の、今の様子を、ぜひ目撃してもらいたい。そんな思いが詰まっています。
広くはない会場なので、チームメンバーに関わりがある方を中心に観覧のお声がけをさせていただくことになりました。この日、集まったのは、テクノロジー分野の研究者、開発者、キュレーター、コーディネーター、音楽家、ダンサー、そして新井さんの主治医や理学療法士の方々など9名でした。
18時開場、公開実験がはじまりました。
・はじまり:紙風船と羽根と扇子と、サーキュレーターと。
サーキュレーターの上に浮かぶ紙風船。超常現象であることにして戯れる佐久間さん。
佐久間さんが浮かせているのか、紙風船が浮かんでいるのか、と突然、パンっという音。目が覚め日常に戻り、佐久間さんが紙風船を潰したのだと気づきますが、紙風船は潰れてもまだ、サーキュレーターの上で、浮かんでいます。
新井さんがそっと動きだしました。羽根を口に乗せている様子。風を受ける羽根は、飛びそうで、飛ばず。新井さんの口の上にとどまっています。
羽根を介し、新井さんと佐久間さんの間にやりとりが生まれていきます。
会場、窓側の右端にはモニターが。会場内のCO2濃度を示しています。
扇子を手に、紙風船と遊んでいたかと思ったら、新井さんの車椅子に引き寄せられるようにしてくっついていく板坂さんと佐久間さん。
くっついたまま回転。「ねえ、板坂さんて名前、言いづらいよね」、ここまで無言だったのに、不意に会話がはじまりだらだらと続く。
・立つ、立たせるとレインスティック
そして、ここからが芸能の舞台であるかのような突然のあいさつがはさまり、公開実験の説明がなされる。
そして新井さんの「最近、立つのが難しい」という話から、立ってみることに。
新井さんのサポーター(介助者)である小日山さん(上の写真、奥)も脇から支えたり、車椅子をさっとずらしたり補助に入ります。
足を整え、骨盤の位置を調整し、立つ姿勢に。
今度は、板坂さんが立たせることに。レインスティックを装着(養生テープで体にぐるぐる巻き)した佐久間さんが、先ほどの板坂さんの役割に回ります。
新井さんも、首元にレインスティックを装着。
立つ、ということをみんなで試みる、それを見守る時間。
2人の動きによって、レインスティックがサザーっと音をたてます。
そこから、床に座る体制に。
座ったまま、前に進んだり、後ろに進んだり。
・天井影絵、暗闇と光と。
天井の照明が消え、板坂さんが小さな灯りを運んできて。
天井影絵セッションが始まりました。床に寝転びながら、足や手を動かす新井さん、佐久間さん、板坂さん。時折、光の向きが変わり、その都度、天井に映し出された影もカタチを変えます。
・仮面デュオ
その後、佐久間さんが仮面をつけて登場。床に寝転ぶ新井さんにも仮面をつけます。
佐久間さんが新井さんの足を持ち上げ移動させていくと、新井さんの体が連動してポーズが変化します。新たに生まれた可動の隙間で、何者かになった新井さんが繊細に動きます。二人は踊ることでやりとりし、やりとりが踊りになっている。板坂さんがそこに光を運ぶ。自らの影も踊りだす。
そなたが我を動かし、我がそなたを動かす。
動いているやら動かされているやら。
そなたが我を動かし、我がそなたを動かす。
動いているやら動かされているやら。
生きているやら生かされているやら。
静かな空間に、声が響き渡ります。
車椅子に戻される新井さん。
板坂さんが、電球を持って、動き出し、窓を開け、そのまま会場の外、屋上庭園へ。
冷たい風が会場の中に吹き込んでいきます。
床を転がる紙風船。静かに佇む、新井さん、佐久間さん。
モニターのCO2の値が低くなっていくのがみてとれて。
静かな間の後、会場の電気がつき、この日の公開実験は終了となりました。
休憩を挟み、出演者、来場者みんなでの振り返り・アフタートークの時間へ。
開口一番「僕は今日、何にもできなかった。」という筧さん。
実はこの日、実施直前にセンサーが作動しなくなってしまったのです。
佐久間:なんかちょっとトラブルがあったんですよね。
筧:そうです。本当はね、このセンサーを体につけてもらって、それに対応してここにあるレインスティックが動くはずだったんですよ。
佐久間:傾きがわかるセンサー。
筧:そうそう。本当はそういう体の動きが波になって、この空間の見えない関係が、いろんな感覚で見えたり聞こえたりしてくるっていうのが、やりたかった。
空気であったりとか、CO2だったりとか、人と人との関係とか、空間の中にあることを、関わってもいいし、関わらなくてもいいし、いろんな形であるようにしたかったんです。
新井:先週ここで同じセッティングでテクニカルリハーサルをしたときは、見事に楽しかったですね、おでこに貼り付けてもらって、ちょっと傾けると、レインスティックがざーっと動いてくれて。自分の小さな動きが・・今、大きな動きがどんどんできなくなってきているので。小さな動きがフィードバックされて、それをフィードバックされるからまた動きたいなっていうので、普段やらないような動きが導き出されたりとか、相当面白かったんです。
今回、この実験に際し、筧さんに持ち込まれた最初の相談は「佐久間さんと新井さんの間で起こっているいろんなことを可視化して(あるいは音にしたり、何らか感知できるようにして)、観る人たちとも共有するということ」だった。
でもそれに対し、筧さんは
「でも、もうここにあるじゃないですか」と思ったという。
「もう十分ですよ(笑)って。そこに対して、可視化しているようで可視化していないっていう、その微妙なところをどう作るかっていうところを、ずっと悩んでいました。」
「テクニックとテクノロジーの垣根はもっと曖昧であるべきだと思うし、空間と装置の関係も曖昧であるべきだと思うし、ダンサーと空間も、最後、一体になっていった。そこが、やりたかったなっていう感じです。」
そのための装置や仕掛けが散りばめられた実験だった。
観た人はどう思ったのだろう?
例えば、新井さんの主治医の方は、こう話す。
新井さん主治医:非常に本当に面白かったですよね。ぜひいろんな人にこれを見てもらいたいなって。今度の患者会とかに提案させてもらいたいと思いました。
新井さんの表現のことは以前から知っていましたし、動かなくなっていく体をどうパフォームしていくのかっていうのはいつか見せてもらいたいなって思っていて。今日はすごく良かった。
また、他には、見ること、見られることをめぐって次のような話もあった。
参加者T:今日、音がなかったので、すごく集中して見てたんです。立つときに、あ、一歩立った!って。カチって聞こえてくるわけじゃないんですけど、すごい集中しているから、聞こえてくるような気がして。すごくよかったです。卵が立つ、みたいな。
参加者M:お話を伺っていて、見るって言うことは・・ここは皆さん、何らかの関係性もある人たちが集まっていて・・・私も新井さんが立つときに息を呑むというか、一緒に体に力が入る。そういうふうに見ていたんですけど・・・見ることがケアすることでもあって。新井さんがリハビリとは違うって話されていましたけど、一緒に息を呑みながら見ている人がいるっていうこの関係性も影響しているんじゃないかなって。
そこに、今日はいろんな仕掛けがあって、そういうテクノロジーもそうだし、扇子とかちょっとしたツールが3人の関係とか、呼応を視覚化してくれる。そういうツールがいろんなところにあって、それがまた、ワークショップを見てるっていうのとはちょっと違う。ちゃんと作品を見てるっていうんですかね。なんか、見ることが参加してるいること、ケアするっていうかケアされてもいるんだけれど、そういうことにつながっているように思いました。
筧:見る側と見られる側という関係をどうなくすかっていうのも、最初からチャレンジとしてあって。だんだんCo2が高まっていくのも、実はみんな、見ている人が息を呑んで吐いていることによって高まっているということだったり。。
風もそうだし、なんかそこは垣根があるようでないっていうのを作りたかったんですよね。
もちろん、今みたいな関係で、動きが変わってくる・・見る見られる関係がそこで成立してもいるのは素晴らしいことだと思いますし、それをもっと実感できるような仕掛けを作れたらと思っていました。
また、板坂さんは次のように話す。
板坂:普段、私はパートナーってことで介護をする立場でもあるから、どうしても介護するからだと介護されるからだってことでの出会いが多くなってるわけですよね。
この3人の共通項としては、重さで動くとか、重さっていうことがすごく重要な要素だと思うんですけど。その重さを感じるにも、何て言うんでしょうね、孤独っていうか、介助者として感じているっていう感じだったんだけど、11月から始まったこのプロジェクトで、久しぶりに佐久間さん、筧さん、皆さんと稽古したときに・・・介助者と介助される人の体じゃない、別の遊びの体っていう感覚、すごい新鮮で、取り戻せたっていうか、それはすごいありがたくって。今日も、佐久間さんといい感じで抱き合っていたでしょ(笑)。あの中に、たくさんの愛があったじゃない。そういう微妙な差異を、おそらく佐久間さんは共有してくれていて。その共有がいっぱい広がったら、私も1人じゃない!みたいな気がして、うん。なんか、とにかくこういう場所が嬉しかったです。ありがとうございました!佐久間:日々ずっとやってるところから違う関係性が生まれるということも、こういうプロジェクトの大事なことじゃないかなと思いますよね。
他にも、テクノロジーのこと、ダンスのこと、新井さんがやっていた野口体操のこと、佐久間さんのジャワ舞踊のこと、車椅子のこと、体の変化のこと・・・話が尽きることなく、1時間にも及んだ。
振り返りで繰り返し出てきていたことをいくつか挙げると、次のようなものがある。
・触れる、触れられる、触れ合う、ということについて。感覚をどこまで残せるのか。
・Zoomなどのオンライン会議システムが発達して、気軽にオンラインで音声や映像でやりとりすることができるようになった。それでもオンラインでのやりとりに置き換えられないことはあるのか。あるとしたら、それはなんだろう。
・例えば新井さんがどこかに行けなくなったときに、行った感はどのように得ることができるのか。テクノロジーはいつかそこを本当に満足いくようにできるのか。
・行くとか、いるとか、一緒にいたという実感はどのように生まれるのか。
・センサーやテクノロジーによって自分の動きや何かを補強したり増幅したりしてもらうときに、自分の雑味みたいなものを残すことはできるのか。(新井さん的には雑味が残っている方が好み。)
・テクノロジーとのよりよい関係とは?
他にもまだ、言語化できていないこともあっただろう。
見る人、見られる人が分かれ、一体になり、何かを共有し、言葉を交わし、また別れていく・・・そんなことを実感する時間。新たな問いと感覚、言葉にならない予感のようなものをそこかしこに生みみし、この日の実験は幕を下ろした。
チームメンバーの集合写真
前列左から、小日山さん、板坂さん、佐久間さん、新井さん
後列左から、小林さん、大井さん(たんぽぽの家)、筧さん、後安さん(たんぽぽの家)、森下さん(たんぽぽの家)
<終わり>
レポート・文:井尻貴子
*編集後記に代えて
新井一座として新井さん板坂さんらと活動をともにしてきたササマユウコさんが、この日の公開実験の感想を次のように記しておられました。ぜひお読みいただきたく、こちらでもお知らせします。
たんぽぽの家「Art for Well-Being 表現とケアとテクノロジーのこれから」実験の場に伺いました。 – 芸術教育デザイン室CONNECT HOME (jimdofree.com)